例年3月~4月には、福浦地区と矢越地区で、歌舞伎が上演されます。
特に3月には、一般のお客様も見ることのできる特別上演として実施されます。
今年は3月16日に行われました。
で、普通なら見た感想とか書くんですが、今回、ほとんど見てないんですよ。
なぜなら、今回は矢越の主催者事務局をやっていたからです。
今回、矢越で上演したのは、歌舞伎ではなく「新派劇」。
こんな感じ!
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さっき書いたように、自分は見てないので、別の人に撮ってもらったものです。
それでは、自分の見た舞台裏を少しだけ書きたいと思います。
牛滝の「おこもり」雲丹もいっしょ!(後編)
佐井村の牛滝地区で、大漁と無病息災を祈って行われるお祭り「おこもり」。
その模様のレポート、後編です。
(前編は こちら )
一番膳が終わって、次は、二番膳が始まります。
「二番膳に参加される方は手を上げてくださいー」
と声がかかると、先ほど給仕をしていた若者たちが声を上げます。
そして、神様の前に円を描くように並んで座り、配膳されるのを待ちます。
先ほどと同じように、お神酒が配られ、そのあと、お膳が配られます。
今回は、隣の雲丹のにせものも参加するようです。
もちろん、神聖な行事ですので、ふざけて参加することは許されませんが、
にせものの人も、ふざけてこの格好をしているわけではなく、
まじめに村の活性化を考えてやっています。
(この服、薄いのでメチャクチャ寒いらしいですよ!!)
今回は特別に牛滝のみなさんにも認めていただきました。ありがとうございます。
牛滝の「おこもり」に雲丹もいっしょ!(前編)
佐井村のいちばん南にある集落、牛滝地区では、
毎年、「おこもり」と呼ばれるお祭りが行われます。
漁業の村である佐井村では、大漁や海上安全・無病息災を願うお祭りが多く残っていますが、
「おこもり」もそのひとつ。毎年1月15日と12月15日に行われています。
とはいっても、そのようすは少し変わっていて、新聞やテレビなどにもたびたび取り上げられるようになってきました。
おこもりの起源などは他の媒体の記事にゆずるとして、
今年のおこもりの様子と、
おこもりに参加した雲丹の様子をご紹介したいと思います。
1月15日、日が暮れて夜7時くらいになると、だんだんと人が集まり始めます。
場所は高台にある「牛滝神明宮」。
中には、囲炉裏があって、寒い中、囲炉裏を囲んで、皆さん酒を飲みながら談笑しています。
そして、8時30分くらいになると、若者たち十数人が立ち上がってお宮を出て、
歩いて3分くらいの牛滝生活センター(集会所)へ向かいます。
雲丹も登場!老人ホームで歌舞伎公演
今回、参加させていただいた矢越歌舞伎。
むつ市で公演を行った翌日には、村の老人ホーム「ゆうなぎの里」で上演されました。
矢越芸能保存会では、毎年この時期に、老人ホームの慰問を行っているそうです。
楽しみに見に来たお年寄りのほか、地域の人も見に来ていました。
初めて見た、という人もいらっしゃいましたね。
舞台裏もパチリ!
矢越歌舞伎出演
今回、なんと歌舞伎を演じるという機会があったので、少しレポートしますね。
歌舞伎なんて見る機会なかなかなくて、
「歌舞伎俳優がやたらとワイドショーでちやほやされてますよね」
的なイメージしかなかったです。
縁がないと、本当にそんな感じなんじゃないでしょうか。
地方に歌舞伎の文化があるというのを知ったのは、佐井村に住む前ですが、福島県の檜枝岐村の歌舞伎を知ったとき。
結局檜枝岐歌舞伎を見る機会はなかったですが。
実際に歌舞伎を見たのは佐井村に来てからです。
しかし何と、佐井村では縁があって、歌舞伎に参加させていただくことになりました。
佐井村には、福浦地区と矢越地区に漁村歌舞伎が伝わっています。
今回は矢越歌舞伎が、むつ市で行われる「郷土芸能定期公演会」に出ることになったのです。
「仁愛の精神」三上剛太郎先生を偲ぶ
10月27日は、佐井村の名誉村民、三上剛太郎先生の命日だそうです。
(明治2年生まれ、昭和39年逝去)
お寺に行く機会があったので、お参りしてきました。
せっかくですので、三上先生について紹介しましょう。
三上剛太郎先生は、明治2年に生まれ、軍医として日露戦争に従軍しました。
ロシア兵に包囲され全滅の危機に陥った時、とっさに「手縫いの赤十字旗」を作って掲げ、保護していたロシア兵1名を含む70余名の命を救った逸話で知られます。
生まれた家が、佐井村で記念館(三上剛太郎生家)として保存されています。